2020年5月3日(日) 主日礼拝

日曜学校日 復活節第4主日 自宅礼拝 

(住吉教会の皆さんは、下記の順序で各自、自宅にて礼拝を行ってください。讃美歌は、歌える範囲で歌うか、または歌詞を読みます。 録音はありません。 )

郵送版(PDFファイル)  週報(PDFファイル) (クリックすると開きます。お使いの機器で開けない場合は、下記の順序で礼拝してください。)

<黙祷>

<招詞> 一ペトロ2:22-24

<讃詠> 545上

<主の祈り> (讃美歌564番参照)

<交読文> 6  (詩23篇)

<讃美歌> 76

<聖書> ヨハネによる福音書10:1-10

(聖書朗読箇所は、「主日と祝祭日の聖書日課」にもとづいています。)

<祈り>
全能の神様、あなたは御子イエス様の復活によって世界にまことの喜びを与えてくださいました。
しかし、わたしたちはこの世の声に心を奪われ、まことの羊飼いイエス様の御声に聴き従っていなかったことを御前に告白します。
あわれみ深い神様、わたしたちをお赦しください。(沈黙)
わたしたちの父なる神様、あなたは御子イエス様によって救いの門を開き、この世に聖霊を送ってくださいました。
この世の誘惑のただ中にあるわたしたちが、良い羊飼いキリストと深く結びつき、その御声に聴き従い、豊かな命を受けることができますように。
わたしたちの心に聖霊を注ぎ、あなたのみことばを受け入れることができるように整えてください。
また、教会に連なる子供たちが、この日、羊飼いキリストから豊かな祝福を受け、あなたの子どもとして成長することができますように。
主イエス・キリストのみ名によって祈ります。アーメン。

<讃美歌> 122

<説教>
「羊飼いキリスト」  牧師黒田浩史

5月の第1の主日は、日本キリスト教会の日曜学校日です。毎年、子供たちのことを覚えて礼拝をささげています。数年前から、礼拝の中で日曜学校の子供たちを紹介し、祝福の祈りをささげてきました。今日は子供たちも共に集えませんが、信仰を継承し、キリスト者として育っていくようにと祈りを合わせつつ、この礼拝をささげましょう。
さて、今日は復活節も4週目となり、今日から3回にわたり「聖霊により信じる人といつも共におられるイエス様」をテーマとして、ヨハネ福音書から聴いていきます。復活節第2と第3主日は、共に集まるところに復活のイエス様もおられることがテーマでしたが、共に集まれない状況の中では、一人でいてもイエス様が共におられる、という御言葉は大変心強いです。
これは聖霊の働きのおかげです。聖霊の働きには二つの側面があり、教会という人々の集まり(組織)の上に働く側面(使徒言行録)と、信じる人とイエス様とが直接深い交わりを持つように働く側面(ヨハネ14:15-26など)とがあります。聖霊を受けるためには、もちろん教会も必要です。教会が誕生したとき、ペトロの説教を聴いて悔い改めた人たちが、洗礼を受けて仲間(教会)に加わりました(使徒言行録2:41)。
しかし、教会に繋がっている私たちは、家に帰って一人でいても、聖霊の働きによりイエス様が共にいてくださいます。
今日の御言葉は、そのイエス様のことを「羊飼い」に、信じる私たちを「羊」にたとえています。当時のこの地方の羊飼いは、50匹から100匹くらいの羊を飼っていて、1匹ずつ名前を呼んで、水や草のあるところへ連れて行ったそうです。
羊に求められていることは、羊飼いを「知る」(4節)ことと、その声を「聞き分ける」(3節)ことです。「知る」は聖書の言葉では、夫婦の交わりをも表すように(創世記4:1)、深い交わりや結びつきを意味します。「聞き分ける」は、御言葉に「聞き従う」ことを意味します。
その例として、今日の箇所の直前に、イエス様が生まれつきの盲人をいやされた場面があります(ヨハネ9:1-41)。この人はイエス様と出会い、深い交わりを与えられ(知る)、イエス様こそ救い主だと信じました(聞き分ける)。しかし、そのために会堂を追放されてしまいました(ヨハネ9:34)。当時は、村八分のような社会的制裁をも意味していました。イエス様の御言葉に聴き従い、深い交わりを持つことは、当時は命懸けであったのです。それは、生き方全体が変わることでした。
そのイエス様は羊飼いとして、私たちにまことの命を与えてくださいます(10節)。旧約では、王様などの国の指導者が、羊飼い(牧者)と呼ばれています(エゼキエル34:1-31)。律法の先生のように教えを説くだけでなく、人々の実際の生活を豊かにし、命を守る役目の人のことです。イエス様こそ、この世における私たちの命(生活)を支え、この世の生涯が終わってからも、永遠の命を与えてくださる方です。
そのイエス様はまた、御自分のことを「門」にたとえられ、「わたしを通って入る者は救われる」と仰せになりました(10節)。教会に集って聖霊を受け、家に帰ってからも聖霊の働きによって、イエス様と共に生きる人のことです。日々の生活の中でも、神様に感謝し、その教えに従って生きようとする人です。
共に集えないこんなときこそ、聖霊によって共におられるイエス様を強く意識して、ペンテコステ(聖霊降臨祭)への備えをし、どんなことがあってもイエス様と共に生きていく信仰を、さらに強めていただきましょう。

<祈り>
神様、復活のイエス様は、聖霊の働きによって信じる私たちといつも共にいてくださり、まことの羊飼いとして、この世の命を支え、永遠の命へと導いてくださいます。共に集えずに自宅であなたを礼拝する私たちを顧みてください。いつどこにいてもイエス様と一緒にいて、その御声に聴き従って生きることができますように。
新型コロナウイルスの禍から私たちを救い、禍にもまさる恵みをお与えください。イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。

<讃美歌> 354

<献金> (後日、教会で献げるための用意をしてください。)

<頌栄> 543

<黙祷>