2020年5月17日(日) 主日礼拝

復活節第6主日 自宅礼拝 

(住吉教会の皆さんは、下記の順序で各自、自宅にて礼拝を行ってください。讃美歌は、歌える範囲で歌うか、または歌詞を読みます。 録音はありません。 )

郵送版(PDFファイル)  週報(PDFファイル) (クリックすると開きます。お使いの機器で開けない場合は、下記の順序で礼拝してください。)

<黙祷>

<招詞> 一ペトロ3:17-18

<讃詠> 545上

<主の祈り> (讃美歌564番参照)

<交読文> 17  (詩65篇)

<讃美歌> 68

<聖書> ヨハネによる福音書14:15-21

(聖書朗読箇所は、「主日と祝祭日の聖書日課」にもとづいています。)

<祈り>
全能の神様、復活のイエス様が、あなたの聖霊の働きによって、いつどこにいても共にいてくださることを感謝いたします。
しかしわたしたちは、聖霊を見ようとも知ろうともしないこの世の人々のように、あなたの教えから離れ、自分勝手に生きていたことを御前に告白します。
全能の神様がわたしたちをあわれみ、永遠の命に導いてくださいますように。(沈黙)
神様、あなたの御子キリストは、わたしたちの罪のために死なれましたが、永遠の命に復活させてくださいました。御子において贖われたわたしたちを、真理の霊によって強めてください。あなたからまことの喜びを与えられて、心に抱いている希望をいつでも人々に弁明できるよう備えていることができますように。
わたしたちの心に聖霊を注いでください。あなたのみことばを素直に心に受け入れることができますように。主イエス・キリストのみ名によって祈ります。アーメン。

<讃美歌> 301

<説教>
「聖霊の約束」  牧師黒田浩史

復活節も今日で第6週目となりました。先々週から3回にわたり「聖霊により信じる人といつも共におられるイエス様」というテーマで、ヨハネ福音書から聴いていますが、今日はその最終回、イエス様が聖霊の約束をされる御言葉です。再来週(5月31日)の聖霊降臨祭へと繋がっています。
ヨハネ福音書13章から17章は、イエス様が捕らえられる直前の場面です。これから十字架に掛かり、三日目に復活され、40日目には天に昇られます。人となられたイエス様は弟子たちから離れ去ってしまわれますが、「わたしが去って行くのは、あながたがのためになる」と仰せになりました(ヨハネ16:7)。なぜなら、その代わりに聖霊が降り、信じる人はいつどこにいても、復活のイエス様が共におられるようになるからです。
その聖霊のことを「別の弁護者」と呼んでおられます。「別の」とは、イエス様ご自身がまずは最初の「弁護者」と呼ばれているためです(一ヨハネ2:1)。原語では「そばにいて助けてくれる者」、「一緒にいて支えてくださる方」という意味で、裁判の時の弁護人のような役割を果たす人を指す言葉です。聖霊は神様の力ですから、信じる人の中に神様の力が働いて、いつどこにいても信仰を持って力強く生きることができます。
しかも、単に力が働くというだけでなく、聖霊なる神様が信じる人の内に宿ってくださるというのです(17節)。人間の中に神様が宿るというのは、不思議なことです。ですがそれは、聖霊なる神様だけでなく、父なる神様と御子イエス様も、信じる人のところに行き、「一緒に住む」と言われています(23節)。旧約時代は、神様は人間から遥かに遠いところにおられると考えられていました。創造主である神様と、被造物にすぎない人間では、永遠の隔たりがあるとも言えます。しかし聖霊の働きにより、信じる人は父、子、聖霊の神様と一つに結び合わされるのです。「聖霊があなたがたの内にいる」(17節)の「いる」の原語は、ヨハネ福音書に特徴的な言葉で、深い結びつきを表す言葉です(ヨハネ6:56等)。
パウロも「生きているのは、もはやわたしではありません。キリストがわたしの内に生きておられるのです」と語っています(ガラテヤ2:20)。信じて洗礼を受けることも、キリストと深く結ばれることです。地上の生涯で経験する苦しみは、私たち一人一人の内に住んでおられるキリストが苦しんでおられるのであり、その私たちはやがてキリストと同じように復活させられるのです(ローマ6:3-5参照)。
しかし、信じて栄光に入れられる私たちとは対照的に、この世すなわち信じない人たちについては、「世はこの霊を見ようとも知ろうともしないので、受け入れることができない」と言われています(17節)。ヨハネ福音書が書かれた当時、キリスト者を迫害していたユダヤ教の人たちのことですが、現代でも福音を受け入れないこの世の人たちのことです。
「弁護者」と呼ばれていた聖霊は、信じる私たちを助けてくれる方ですが、信じないこの世の人たちに対しては、厳しい方となります。イエス様は罪のない方なのに、この世の裁判において有罪とされ、十字架に掛けられました。しかし「弁護者」である聖霊は、この裁判の判決を覆し、イエス様を無罪とし、この世を裁くことになります。「その方(弁護者=聖霊)が来れば、罪について、義について、裁きについて、世の誤りを明らかにする」とあります(ヨハネ16:8)。「罪」とはイエス様を信じないことであり、「裁き」とはこの世の支配者が断罪されることだからです(ヨハネ16:11)。
しかし信じる人は、イエス様の掟を守る人です(21節)。その掟とは、「わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい」という掟です(ヨハネ13:34)。信じる人の内には、イエス様も一緒に住んでおられるので、イエス様のように愛する人とされます。これも聖霊の働きのおかげです。
私たちは土の塵から造られたにすぎない人間ですが(創世記2:7参照)、聖霊を受けその力に満たされて、いつどこにいてもイエス様を信じ、イエス様と共に歩んでまいりましょう。

<祈り>
神様、復活のイエス様は、信じる者に聖霊を約束してくださいました。聖霊の力に満たされ、私たちの内にイエス様が住んでくださり、その十字架の姿に結び合わされて、その復活の栄光にもあずかることができますように。聖霊降臨祭に向けて、聖霊を受け取るために、身も心もふさわしく整えさせてください。
主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。

<讃美歌> 333

<献金> (後日、教会で献げるための用意をしてください。)

<頌栄> 543

<黙祷>