2021年2月14日(日) 主日礼拝

自宅礼拝資料はこちらです。週報はこちらです。ファイルが開けない場合は、下記の順序に従って礼拝してください。
説教の録音はこちらです(礼拝が終わってから掲載)。

<黙祷>

<招詞> 一コリント10:31

<讃詠> 545上

<主の祈り>

<讃美歌> 68

<聖書朗読> マルコによる福音書1:40-45

<祈祷>

全能の神様、私たちは今、あなたを礼拝するために、あなたによってここに集められました。
とうといみことばの恵みにあずかる前に、私たちは犯した罪を認め、全能の神と兄弟姉妹の皆さんに告白します。
わたしたちは、思い、ことば、行い、怠りによってたびたび罪を犯しました。
全能の神が、わたしたちをあわれみ、罪を赦し、永遠の命に導いてくださいますように。
(沈黙)
神様、あなたはあなたを愛し、正しく誠実な心であなたのみことばを守る人と共にいてくださると約束されました。わたしたちをあなたが住んでくださる神殿となるにふさわしい者としてください。
聖霊の光によってわたしたちの心を照らしてください。
聖書朗読と説教を通してあなたがお語りになる真理のみことばを深く悟ることができますように。
主イエス・キリストのみ名によって祈ります。アーメン。

<讃美歌> 298

<説教> 「憐れみ深い神」  牧師 黒田浩史

イエス様が重い皮膚病の人を癒された場面です。この病気の名前は、現代でははっきり分かっていないので「重い皮膚病」と訳していますが、以前の訳で「らい病」となっていたように、社会から隔離され、家族にも会えないような、とても苦しい病気であったと言われています。旧約では、この病気の人は「汚れている」とされ、礼拝にも出ることができず、神様からも遠く、人との関係も絶たれていました(レビ13:45-46)。

どんな病気であっても、病気になったのは、その人のせいではありません(ヨハネ9:3参照)。皮膚病の場合には、外から病原菌のようなものが体に入り込んで病気になるように、人を苦しめる原因は人の外からやって来る、と聖書は語ります。最初の人類アダムは、罪を犯した結果、楽園から追放され、労苦して生きることになりました。しかしその原因は、蛇がエバを誘惑し、エバがアダムを(そそのか)したせいであったように、人を苦しめる要因は人の外からやって来る悪なのです(創世記3:1-24参照)。

イエス様は、そのように悪のせいで苦しむ私たち人間のところへやって来てくださり、悪を追い出してくださいます。

そのためには、まずは私たちの側から、イエス様の助けを固く信じて願い求めなくてはなりません。皮膚病の人は「御心ならば、わたしを清くすることがおできになります」とイエス様に言いました(40節)。「御心ならば」の部分は、聖書の原語では「もし、あなたが望まれるなら」という言葉が使われています。これに対するイエス様のお答えの「よろしい。清くなれ」(41節)の「よろしい」の部分は、原語では「わたしは望む」という言葉です。

皮膚病の人は「おできになります」と言っていましたから、「イエス様は私を癒したいと望んでおられる」というイエス様の「望み」を固く信じたのです。そして実際、イエス様もその「望み」を持たれ、これを現実のものとされました。

私たちは、今の現実がどんなに難しく思われようとも、神様は私たちに必ずいちばん良いようにしてくださることを、固く信じなくてはなりません。信じる者には、信じたとおりに神様が物事を起こしてくださるのです(ルカ7:50参照)。

イエス様は癒しを行われる前に、この人を「深く憐れんだ」とあります(41節)。この言葉は原語では、「はらわたを痛める」というような激しい意味の言葉で、イエス様の憐みの心として、聖書でときどき使われています(マタイ20:34)。この人の苦しみを感じ、自分の胸(またはお腹)が痛むほどに、ご自身も苦しい思いをされたのです。

これは病気の人に対してだけでなく、外から悪が入り込んだせいで、人との関係や物事がうまく行かなくて苦しい思いをしている私たちに対してもイエス様は、「なんとかして助けなくては」と思っておられます。

先週の癒しの場面と同じように、イエス様は「手を差し伸べてその人に触れ」とあります(41節)。イエス様が病気の人に触れると、イエス様の力が流れ出て、その人を癒したことになります。さらには、当時はこの病気の人は、病気でない人に近づいたり、触れたりすることは禁じられていました。病気でない人が病気の人に触れることも、うつるのが怖いですから、ありえないことでした。イエス様がこの人に触れられたことは、人々が避けていたのと対照的に、イエス様はこの人を全面的に受け入れてくださったということです。

イエス様の力が流れ込み、この人の全人格がイエス様のもとに受け入れられる、という相互の行き来が起こり、イエス様と深く結ばれ、一体とされた姿を表しています。

難しい現実の中で苦しんでいる私たちにとっての最大の解決方法は、イエス様と一体にされることなのです。普段の生活の中でも、聖書を読んで心をイエス様の方へ向けることによって、イエス様と結ばれ、人との関係を回復していただいたり、難しい物事も不思議と神様によって良い方向へ導かれたりするよう願い求めましょう。

<祈り>

神様、イエス様は、悪によって壊れた私たちのあなたとの関係、人との関係が回復されることを深く望んでおられます。現実がどんなに難しくても、あなたが常にいちばん良い方向へと導いてくださっていることを固く信じ、あなたの御心を求める信仰をお与えください。あなたから救いの力をいただいて、この世にあって力強く生きることができますように。

主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。

<讃美歌> 270

<献金> (自宅礼拝の場合は、教会へささげる献金をご用意ください。)

<頌栄> 539

<黙祷>